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戦後70年~地図と写真で辿る日本と名古屋の空襲

[雑学・豆知識]  2015年8月5日

1941年12月に始まった太平洋戦争。翌年4月18日には、東京・川崎・名古屋など太平洋沿岸の大都市を標的とした、米軍によるはじめての空爆がありました。
戦局が続くなか、1944年にサイパンが陥落。出撃拠点を得た米軍は、本土空襲の回数を増やします。1945年3月には、激しい攻防戦の末に硫黄島が陥落。空襲は大都市だけにとどまらず、さらに地方都市へも拡大していくこととなります。

日本本土への空襲

日本本土では、どれくらい空襲の被害があったのでしょうか。
図のように、東京・名古屋・大阪など主要都市以外にも、多くの地方都市で空襲がおこなわれたことが記録として残っています。

日本本土の主な都市への空襲 クリックすると大きな画像が開きます

※参考資料:総務省(国内各都市の戦災の状況)、名古屋空襲と空爆の歴史、Wikipedia

終戦となる8月15日まで、日本各地ではほぼ毎日のように空襲があり、実に200以上もの都市が焦土と化しました。

名古屋市への空襲

今もモノづくりのまちと言われる名古屋市は、第二次世界大戦当時も日本有数の工業都市でした。特に日本の航空機産業を担う重要な工場が数多くあったため、日本国内では東京についで空襲の被害が大きかったと言われています。

空襲の対象となった名古屋市内の主な工場※1


1944年12月13日、軍用飛行機のエンジンを作る「三菱重工業名古屋発動機製作所大幸工場」への空襲以降、名古屋市への空襲は大小合わせて63回にもおよびました。

最初の空襲~三菱重工業名古屋発動機製作所大幸工場

名古屋市東区のナゴヤドーム周辺には、ショッピングセンターもあり、休日は多くの人でにぎわいます。かつてこの場所には、爆撃の対象とされた「三菱重工業名古屋発動機製作所大幸工場」(以下、三菱重工業大幸工場)がありました。

三菱重工業大幸工場のエリア図 (名古屋市東区・千種区)


三菱重工業大幸工場は、今のナゴヤドーム周辺から千種区千代田橋付近にかけて広大な土地を有しており、富士重工業の前身となる「中島飛行機」にならび、日本有数の発動機(飛行機エンジン)生産量を誇っていました。そのため、この工場が米軍の標的となるのは、本格的に日本への空襲がはじまってから早い段階の1944年12月のことです。B29による爆撃は工場敷地内にとどまらず、周辺の住宅地などにも大きな被害を与えました。

三菱重工業大幸工場への主な空襲のデータ※1


1945年3月に硫黄島を陥落させた米軍は、いよいよ首都東京に攻め込みます。8万人以上の命を奪った3月10日の東京大空襲についで、空爆の対象となったのは名古屋市でした。3月12日の名古屋大空襲で名古屋の中心地は焼け野原となりました。さらに名古屋大空襲の恐怖もさめない3月24日・31日と、大幸工場は続けて激しい空襲にあったのです。

ナゴヤドームに掲げられているプレート(名古屋市東区)

戦争当時からすっかり様変わりしたナゴヤドームに、1枚のプレートがひっそりと掲げられています。総合案内所の壁に、だれでも見られる位置に掲げられたプレートですが、通りゆく人が足をとめることはほとんどありませんでした。

いまも残る不発弾の恐怖 ~終戦66年後、2011年7月の出来事
三菱重工業大幸工場への空爆では、隣接する「鍋屋上野浄水場」にたくさんの爆弾が着弾していることが米軍の残した資料からわかります。
つい数年前、浄水場の工事中に大戦中の不発弾がみつかりました。空襲から66年もたった、2011年7月4日のことです。

投下した爆弾の着弾地を示した図※1


66年の歳月を経て発見された不発弾。もし爆発するようなことがあれば、名古屋市民の飲水供給に大きな被害が生じます。
7月17日には、半径300メートル以内の近隣住民を全て避難させ、不発弾の撤去処理がおこなわれました。その際、浄水場の職員も、安全を確保できる場所まで避難をしたそうです。

東邦高校(旧東邦商業)~学徒動員と慰霊の碑
三菱重工業への爆撃
1944年12月13日、B29(90機)が、この工場を目標にマリアナ基地を出撃し、高度8050~9850メートルから爆弾を落としました。この時期は、生産重視のため、工場外への避難が禁じられており、また空襲警報になっても、現場責任者の判断でぎりぎりまで作業が続けられていました。そのため、大幸工場では、約40棟が全半壊し、学徒(東邦商業・愛知中学など)を含め、262人の死者を出す惨事となりました。
(ピースあいち「常設展示資料」より)

現在は甲子園出場校として知られる「東邦高校」ですが、戦時下では生徒が三菱重工業大幸工場に学徒動員されていました。
東邦高校の敷地内には、被爆した工場のがれきの一部が、平和のモニュメントとして保存されています。

東邦高校にある「平和の碑」(名古屋市名東区)※1

東邦高校では、毎年12月に慰霊のための献花式がおこなわれています。

東邦高校と三菱重工業大幸工場の地図

ナゴヤドームへは、地下鉄名城線「ナゴヤドーム前矢田」駅から徒歩7分
東邦高校へは、地下鉄東山線「一社」駅から徒歩13分

6月9日「熱田空襲」 ~愛知時計電機・愛知航空機

熱田神宮にほど近い場所に位置する、愛知時計電機・愛知航空機の2つの工場。この工場一帯を襲った「熱田空襲」では、たった8分間の空爆にもかかわらず、実に2,000人を超える犠牲者を出しました。
これほどまでに被害が拡大した理由は、警報解除のミスによるものと言われています。

  • 8時24分 空襲警報発令
  • 8時45分 空襲警報解除

この時、警報が解除されたことで、多くの人が工場へと戻り中断した作業を再開しました。しかし、たった30分後に再び警報が発令されます。

  • 9時15分 空襲警報発令
  • 9時18分 空爆第一波

警報発令から空爆の第一波が到達するまで、たったの3分しかありません。工場の敷地内は逃げ惑う人々で一瞬で混乱状態となったと言われています。

戦時中の工場配置図(名古屋市熱田区)※1


現在の愛知時計・愛知機械工業(旧愛知航空機)の地図(名古屋市熱田区)

今の熱田高校のあたりまでが工場の敷地だったことがわかります。

熱田空襲の被害を今に伝える戦跡
愛知時計電機の正門前にある慰霊地蔵尊(名古屋市熱田区)


2,000人を超える犠牲者を出した愛知時計電機では、空襲のあった6月9日に慰霊地蔵の前で慰霊祭が執り行われています。

堀川千年プロムナードに残る、被爆した護岸(名古屋市熱田区)

プロムナードから被爆護岸を見ると、背後に愛知時計電機の新しい社屋を望めます。


護岸の横にある錆びた鉄骨は、愛知時計電機の工場に使われていたものだそう。

昭和から平成になり、堀川沿いの護岸改修工事がおこなわれました。その際に被爆した護岸の一部が「堀川千年プロムナード」に移されています。コンクリートの護岸をえぐるようにいくつも残る痕が、当時の空爆の凄まじさを物語っています。

慰霊地蔵尊と被爆護岸の地図

地下鉄名城線「神宮西」駅から徒歩12分

6月26日 ~5つの工場の空爆

愛知時計電機の空襲からひと月もたたない6月26日、B29は名古屋市内の5つの工場をいっせいに攻撃しました。
千種区の名古屋陸軍造兵廠(しょう)千種工場をはじめ、熱田区の名古屋陸軍造兵廠熱田工場と日本車輌本社工場、港区の住友系金属名古屋工場と愛知航空機永徳工場が壊滅しました。

この6月の大きな空襲のあと、米軍は空襲の標的を名古屋市から愛知県内の近郊都市へと移していきます。一宮市や岡崎市、半田市や豊川市など、たくさんの被害を出した空襲は、終戦となる8月まで続きました。


名古屋陸軍造兵廠千種工場の跡は…
名古屋市千種区にある千種公園周辺一帯が、かつては名古屋陸軍造兵廠(しょう)千種工場の敷地でした。
3回におよぶ激しい爆撃にさらされたこの場所は、いまでは市民病院や公営住宅、学校などの公共用地へと姿を変えています。

名古屋陸軍造兵廠(しょう)千種工場の工場配置図※1


千種工場跡地周辺の現在の航空写真(名古屋市千種区)


6月26日の名古屋陸軍造兵廠千種工場への空襲の痕跡が、いまでも千種公園に保存されていました。砲弾の直撃で大きく穴があき、鉄骨がむき出しになった、かつての工場のコンクリート壁です。
爆撃の激しさを今に伝える貴重な戦跡が、戦後70年経った今も市内のいたるところにこうして数多く残されています。

千種公園に残る爆撃で傷ついたコンクリート壁(名古屋市千種区)


千種公園とコンクリート壁の地図

地下鉄東山線「今池」駅から徒歩12分


未来へつなぐ



この写真を撮影しに千種公園を訪れた時、夏休みということもあって、公園内は子どもたちの歓声にあふれていました。
このような被害をもたらした悲惨な空襲の記憶を辿り、子どもたちの未来へ平和をつなげていくことが、戦後70年たったいま、私たちに課せられた大切な役目なのではないでしょうか。
(文:片川)




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※1:資料提供および取材協力 戦争と平和の資料館「ピースあいち」
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